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元気の「元」は、三つの意味があります。
一つは、普遍的、根本という意味で「もと」
二つは、宇宙的、立体的な意味で「大きな」
三つは、時間的な意味で「はじまり」
この三者をひとつにして「元」といいます。


陽明学者の安岡正篤氏は「元気」について次のように説明しています。
「元気がない、と言うのは人間の根本的な失格につながるんです。東洋の人間学・医学では、元気から出る所の「気力」「気迫」あるいは骨髄の力である「骨力」をとても重要視しています。それは、元気から気力、骨力が発達すると「志気」につながるからです。志気は実行力の伴うものでなければなりません。いささかの障害にもすぐめげるようではだめです。その障害にめげない実行力、精神力を「胆気」と言うんです。」
社長の言われる「元気にやる」とは「めげずにやり切るまでやる」と言う意味に受け取り、我々も目標に向けて「元気」に頑張りたいと思います。

自然体バレーの「一眼二足三胆四力」の”三胆(さんたん)”は、胆識、または胆気の”胆”です。胆(はら)が座っている!、度胸がある!、決めたことは最後まで貫き通す力!のことをいいます。つまり、環境が悪い!” お金がない!、時間がない!・・・・と言い訳をせずにやりとおす実行力、行動力のことです。ましてや、試合に負けて選手のせいにするとはなにごとや!ということです。そいう指導者は考えてもらいたいと思います。けして、選手を言い訳の材料に使わないでください。感謝!感謝!  今日、jocカップ中学選抜を観戦してきました。残念ながらできばえは・・・???という感じ。もっともっと選手には可能性があります。潜在能力を引き出してあげて欲しいな~、と思いました。明日、もう一日観戦します。未来の子どもたちを・・・この目でみておきます。
# by kusanokenji | 2004-12-26 01:11 | ■連載“日々努力”
「口」は環境、「大」は人が手足を伸ばした姿。
何のお陰で、この世で大きく存在しておるかを
思う心が「恩を知る」ことです。難しく云えば
己の存在を知ること。平たく言えば、私はなぜ、
今ここでバレーボールができるのか、を知ることです。


「受けた恩は石に刻んどけよと三船敏郎さんに教えてもらいました」と語るのは女優の淡路恵子さん。 「私がまだ駆け出しの頃、芸だけでなく、人間の生き方まで教わりました。」 とあるテレビ番組で話されていました。三船敏郎といえば世界に通用する日本のトップスターですが、当時のスターは人間的にも立派だったんですね。今の下品なお笑いタレントとはかなり違うようです。私達も、本当はあらゆる恩の中で生活できているんですね。自分一人の力で生きているなんて思ったらとんでもない高慢な思い上がりです。「受けた恩は石に刻んでいこう」という言葉を聞いて、私達も日々の生活の中で大切にしていきたい言葉だと思いました。
# by kusanokenji | 2004-12-25 00:06 | ■連載“日々努力”
「慢」は、自慢・慢心の慢で
自分を偉いと思 い、他人をバカにして見下すこと。
「疑」は、疑心暗鬼の疑で、
信ずることができないで、全てを疑うこと。


「真実を真実として受け止めることができないで、何でもかんでも卑しく、皮肉に疑うことが人間をなまくらにする」と儒教では教えています。
人間は監視されること、無視されること、疑われることを嫌います。人を小ばかにしたような言動を吐く人、いつも疑ってるような人は相手に警戒され、自慢が強すぎると毛嫌いされるものです。人を見下したり、バカにしたり、油断したり、怠けているととんでもない災難が降りかかるので、そんな愚かなことはやめなさい、という教えです。自分を自慢したり、誇示したり、他人を疑うのは
人間として愚かな行為ですので、私達も心して慎みましょう。
# by kusanokenji | 2004-12-24 10:13 | ■連載“日々努力”
貧(ひん)は、むさぼることです。
鈍(どん)は愚かなことです。
人間がむさぼり始めると、愚かなことをやり出
すので注意しなさいという戒めの言葉です。
最大の原因は欲と無知。気をつけましょうね。


儒教の人間観察法の中に「貴(たか)ければその進むる所を観る」というのがあります。「出世したり、地位や身分が上がると、どういう人間を好んで自分の側に置きたがるかよく観ておきなさい」というのがあり、自分の使いやすい子分を側に置きたがる人物は大した人物ではなく、そういう組織は長続きしないと戒めています。また「富めばその養う所を観よ」というのがあり、金ができると人間は何を養うか?女を養ったり子分を養ったりとしたがるのでよく観察しておけ、というのもあります。こういうことを教えるのは、あなた達がバレー部を卒業したあと、お金に汚れたり、異性関係に溺れることのないように気をつけて欲しいからです。くれぐれも自分を大切にして下さい。
# by kusanokenji | 2004-12-23 08:51 | ■連載“日々努力”
「忘年会」は、老いも若きも自分の年齢を忘れて交わる会。
「忘形の交わり」とは、人間と人間の自然な付き合いのこと。
これが本来の意味だと、東洋の陽明学では教えています。
目先の損得だけでのお付き合いはほどほどに。


平安時代の書物の中にも「絶交論」と云うのが書かれております。
① 勢交 : 勢力のある人と交わっていく。② 賄交 : 金品を贈って付き合うこと
③ 談交 : 議論仲間。④ 窮交 : 急場しのぎの同情仲間。⑤ 量交 : 打算的に付き合う。この5つはすべて利に交わるから、こういう交わりは早く絶つ方がよいので「絶交論」というらしいのです。ある会社のOBは「退職者のOB会に出席しても昔の肩書きが幅をきかしてね…」としみじみ漏らしていました。バレーボールの世界でも高校と実業団の関係が週刊誌にスクープされるぐらい大きな問題になったりします。もちつもたれつの関係を逸脱して、癒着構造に近いもたれ合いになってしまったら、いつか破滅するのが世の中の道理です。
# by kusanokenji | 2004-12-22 13:39 | ■連載“日々努力”