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2007年 12月 07日 ( 1 )

「年間800セット目標!」

若い頃の話である。
練習試合を多くすれば強くなる!と単純に考えて実行したことがある。
365÷7×10=520・・・・毎週10セット練習試合しても年間520セット。
休日だけでは足りず、必ず平日の夜にも行わないと達成できない数字である。
休日も1日に15~18セット消化して達成できる数字だ。
途中、練習試合の内容よりも、消化セット数が増えていくのが楽しみになった。
お金を貯める人は、こんなふうに貯金通帳を見るのが楽しみなんだと思った。
数字が増えるにしたがって他人に自慢したくなった。
見て見ろ!俺達はこんだけやってんだ!と・・・。
結果は~?
確かにそれなりの結果は得た。ただし「それなり」の結果である。
それ以上でもなし、それ以下でも無し!
途中から、惰性で頭を使ってないことにも気がついていたので
こんなバカバカしいことはやめよう!とたった1年でやめた。
若かったので、人から言われたら確かめなければ気がすまなかった
だけだったことに気がつくのにそう時間はかからなかった。
だから決断するのに迷いはなかった。スッキリした。
やっぱり、体力酷使と精神論だけではなく、もっと勉強せなアカンとわかった。
それ以降、「練習試合を積ませる事が強化の最善策」とは思わなくなったので
それはそれで大きな収穫にはなったと思っている。

若い指導者に勧めるのは、「言葉の訓練」である。
「ボールを使わずに、言葉だけで指導してみてください」とお願いする。
指導者は一斉ボールを触らずに、見本を見せずに言葉だけで指導する。

こういう体験でまずは自分の「言葉の無力」を知ることから始まる。
「怒鳴ったり」「怒ったり」して人を動かすのは、言葉に力がない証拠。
しかめっ面や、怒り顔しての命令、罵声でないと人が動かないようでは失格。
穏やかな顔と普通の声ですべてを指揮する。
トレーニングも技術も、言葉だけで指導するのである。
正しい見本ならいいけど、我流でしかもどうみても上手いとは言えない仕草で
「ちゃう、ちゃう!こうやるんや!」「ここはこうするんや!」「肘を上げるんや!」
と言われても選手は困ってしまうだけ。でも、せっかく必死こいて教えてくれる人に
やめてくれ!と言えず、傍から見ててなんとも言えない光景があちこちでいっぱい。
熱くなって指導している大人の姿と、ほっといてくれ!とも言えず困っている子供の
姿のコントラストはまさしく暖簾に腕押し!猫に小判!ブタに真珠・・・・ムムム、いやいや
そうではなく、釈迦に説法?ダイヤモンド原石に○○!

まず自分の中で物事を整理してないとできない。
自分だけ熱くなってもアカン、ということがわかる。
喋る前も準備のために頭を使わないといけないし、
喋る時も、喋った後も頭を使わないといけないことがわかるだろう。
この体験が、人が人を指導するための入門編のような気がするのである。
by kusanokenji | 2007-12-07 09:31 | ■連載“日々努力”