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by kusanokenji
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第2284話・・・母の後ろ姿

ニチイ創業者の故西端行雄氏の妻、春枝さんの話
2006年12月号 致知:「自らに勝つ者は強し」から
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忘れもしません。
昭和23年の大晦日の日。
お金はまったくないのに正月を迎えなければなりませんでした。

隣村まで14キロほど歩いて、小高い丘のお寺さんの前で
「私は北回り、お父さんは南回りで行商をして、
2時間後の12時にこの鐘楼の前で落ち合いましょう」

と言って二手に別れたんです。

ところが年末ですから、どこもお餅つきをしています。
5・6軒回ると「こんな時、物を買うアホがおるか」と怒られましてね。
「それもそうや」と私はすぐに戻ってきました。
どうせ駄目だろうから主人もそのうち戻るだろうと思っていましたが、
なかなか帰ってきませんでした。

そのうち大雪も降ってまいりました。
彼は雪の中、ウロウロ1軒1軒回って断られ続けて
約束の12時に戻ってきたのです。

見ると主人は別れた時と同じ荷物を抱えていました。
「ああ、やっぱり売れなかったんや」
と思ったら、要領よく5,6軒回って戻った自分が
恥ずかしく申し訳なくて番傘を広げて主人に走り寄りました。

その時彼が私の顔を見て
「よう売ってこなかって、ごめん」
と、子どもが親にすがるような目をしていたんです。

その目を私はいまも忘れられません。
主人にこんな顔をさすなんて妻の恥やと何度も心で詫びていました。

その後立ち上げた衣料品「ハトヤ」は一坪半の店で、
親子4人は店の奥の4畳半の部屋で寝起きしていました。

ある時、その家に私の母を泊めたことがあるんです。

夜、母がトイレに行きたいといいましてね。
ガスも水道もトイレもないところでしたから、
私たちは近くの天満駅でトイレをお借りしていましたが、
母は足が悪いものですから、
「お母さん、ここトイレないから、このバケツにしてくれる」
とバケツを置いたんです。

その時、母はパンと手を叩いて
「このうちはおもしろいね」
と言ってバケツで用を足してくれました。

翌日、主人と二人で母を天満駅まで送っていきました。
無言のまま母は後ろを振り返らずに、不自由な足を引きずりながら
階段を上がっていきました。

その時、主人が
「春枝、ようお母さんの後ろ姿みなさいや」
と言うんです。再度

「春枝、ようお母さんの姿見なさいや、
       拝みなさいや」


とうめくような声で言ったのでした。

母の姿が見えなくなってから主人は、
「お母さんは、なんてかわいそうな生活をしているのだろうと白い足袋に
涙を落としたに違いない。だから後ろを振り向けなかったんや」
と言いました。

無限の慈愛を背中で語りながら上っていった天満駅の母。
この母の後ろ姿を、何度思い浮かべたかしれません。

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by kusanokenji | 2014-06-26 09:54 | ■連載“日々努力”