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第1551話・・・器量

自分の青二才の30歳代を思い起こすと忸怩たる思いが寄せてくる。
体育館はいつも「ピーン!」と張り詰めており
選手からも関係者以外の人から「体育館に入りづらい」とよく言われた。
またそれがスポーツへの真剣さの証明かのごとく、一人納得していた。
しかしながら、いつしか、そのことが器量人としてふさわしくないことに気づかせていただき
反省・自省・猛省の結果の日々を重ねて今にたどり着いた。

さて、今、大きな大会を前に強化に励んでいるチームが多かろう。
そして今日(4日)辺り、年越し合宿も一段落して久し振りに家路につく指導者も多かろう。
家庭を犠牲にしてまことにご苦労様である。
ゆっくり家族団らんの一時を過ごしてもらいたい。

しかし残念なことに
聞くところによると怒声・罵声・ビンタのアメあられは一向になくならないと聞く。
年越し合宿をするようなチームだから、それこそ勝負に賭けているチームに
疑いはないがはたして実状たるものはいかがなものか。
つまり参加者全員にとって実り有る合宿になっているかどうかという点である。

「指導者の器量」という視点から見てみよう!

少なくとも器量有る指導者はむやみに奇声・怒声・罵声など発しないはず。
ましてや無力な者、無抵抗な人間に手を挙げる事などしないはず。
なぜならそれは「卑怯だ」と言われても仕方のない行動だからである。
そういう人物を「器量ある指導者」とは呼ばない。
ではどういう指導者が「器量ある指導者」か・・・。

そういうとき「ああ、これこそ真の答えだな」と思った文を読んだことがある。
安岡正篤の「器量について」「度量について」の一節であるが
残念ながら本のタイトルは忘れてしまった。
by kusanokenji | 2011-01-03 22:29 | ■連載“日々努力”