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第1375話・・・印象に残る話 3

~叱り叱られの記(後藤清一)~より

【命知元年】
  「酒は涙かため息か、私この頃ユーツウよ」妙な唄が流行った。官史減俸、娘の身売り増加、世情殺伐とした昭和6年。年始めの暗雲を、松下は一体となってはねのけた感があった。昭和3年、300の社員はこの年886名に急増した。発展また発展―――。
こうした背景で、あの有名な「命知元年」の式典が挙行されるのである。
昭和7年5月5日。きしくも端午の節句であった。
大阪中央電気倶楽部―――――その日。松下社長は<命知元年>を発表。あまりにも有名な話だ。ご存知の方も多いかもしれない。

 「生産につぐ生産で、物資を無尽蔵たらしめ、もって楽土を建設せん。
それがわが松下の使命ではないか」。


切々と大将の声が満場の胸をうつ。その真情を吐露した使命感に接し、ある者は涙を浮かべ、ある者はからだを戦慄させる。いずれも井植・亀山氏以下168名の正社員ばかりである。大将の話が終るや、参加者はわれ先に壇上目がけて突進した。上席者が立つ、新人が立つ。老いも若きも武者ぶるいして、所感発表である。白熱。その間も、われ先に壇上を占拠せんと、押しかけ押しかける。司会役の井植氏が、額一面に汗さえみせて、ドラを叩く。ハイ次ッ!3分の持ち、時間は、2分、1分。殆んど全員が、何か一言は述べた。目の当りにみて、かって味わい知らない感動がこみあげてきた。

 これは会合の特長である。初荷でも、命知元年でも、重要な会合があるとまず幹部が方針や意見を発表する。通常、それを聞いて解散となるが、松下では参会者全員が「所感」を述べる。所感のぶっつけあいに近い。そして、場内、燃えに燃える形で解散。今日の松下でも、その趣は残っているのではないか。
 このとき、社長も言いようのない感激に顔面を紅潮させておられた。その社長が、突然、立ち上がる。語調鋭くテーブルを叩く。ワシの命知に、これほど賛同してくれた、大変に嬉しい。しかし、みんなが大きく感動しとるのに、そ知らぬ顔をしとるものが2人おる。名を呼ぶ。壇上に出てきなさいッーーーーーー。
 なんと先輩の幹部社員。会場の後席で、若い社員の話をずっと聞き入っていた。私らは別や、私らの決意の固さは、社長も十分ご存知のはずや。今さら発表でもあるまい。そう考えて列に入らなかったのかも知れない。恐縮し、かけ上がる。若い社員に負けない立派な所感発表をされた。そのハプニングはすぐ満場の興奮の中にかき消されてしまったが、私は舌を巻いた。
 (松下という人は厳しい人や)。
 もはや、それは生真面目というものではない。あの病弱の身のどこをさがせば、この烈々たる気迫が出てくるのか・激しく、強い意志。妥協御免。松下氏の胆の強靭さをマザマザと見せつけられた思いであった。
 松下という人は常に遠くを見ている。その遠くから、現在只今にグッと2本のレール敷く。そしてレールの上をひた走った感がある。その激しさは、それ以外の何物からくるものではない。松下の経営はこうあるべきや。松下の社員はかくあるべしや。大将の頭の中には、理想がある。理想の経営というものに対する動機付け、方向付けに寄せる、溢れ出るような意欲と気迫だ。初荷も、不況時の半日操業も、命知元年の所感発表もレールの上の各駅に過ぎない。そんな気がする。
by kusanokenji | 2010-04-23 06:53 | ■連載“日々努力”