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by kusanokenji
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第1373話・・・印象に残っている話

~叱り叱られの記(後藤清一)~ より

【一人も解雇したらあかんぞ】
 昭和4年12月のこと。師走の風は松下にも冷たかった。創業以来、順風満帆、世間が不景気であっただけに、松下の発展は業界の耳目を引いた。しかし、同年7月、浜口内閣のデフレ政策が裏目に出るに及んで、事情は一変した。ニューヨーク株式大暴落に端を発した世界恐慌の荒波をモロにかぶったのだ。月商10万円の売り上げは半分に減少、倉庫満杯、工場のそこかしこにまで滞貨の山。製品はそのまま出荷待ち。どんどん累積する。松下の従業員も解雇の不安で浮き足立っていた。窮状打開策に八方奔走した最高幹部の井植・武久両氏は、ついに折からに西宮で静養中の大将(松下幸之助のこと)の枕元に向ったのである。
 「松下始まっていらいのこの窮状を打開する道は、ひとまず従業員を半減し、生産を半減するほかありません」――――――生産の状況、販売の実態、市場の見通しを克明に報告する。非常事態の松下や、やむをえん。人一倍、人情の厚い井植氏だ。いやいやしぶしぶ、迷いに迷ったあげの決断、身を切る思いであったはずである。

 大将は病床で腕を組む。報告を聞く。
長い間、黙思し、しばし落涙されたという。そして口を開かれた。

 「なあ、ワシはこう思うんや。松下が今日終るんであれば、君らの言うてくれるとおり、従業員を解雇してもええ。けどなあ、ワシは、将来、松下を大をなそうと思うとる。企業の都合でどんどん採用して、スワッというとき、社員を整理してしまうのか。大をなそうという松下としては、それは耐えられんことや。曇る日照る日や。一人といえどもやめさせたらあかん。ええか、解雇無用やでッ」 

 沈着な指示が飛ぶ。
工場は半日操業。従業員も半日勤務。生産半減。
ただし、社員の供与は全額支給すること。ビタ一文削ることあいならぬ。
一方、工場幹部は、昼からはカバンを持って販売に回る。
勿論休日返上だ。滞貨の山も、在庫の花でも売って来い。やればできる。
いや、やりぬかなあかん。
 井植氏は小踊りする。異論のあろうはずがない。
時を移さず、大将の意は会社に伝えられる。ウオーッ!歓呼。
社内に垂れ込めた暗雲は、瞬時に消し飛んだ。
(ようやる。大将はごつい人や)。大将、よう言うてくれはりました。売りまっせ。やりまっせ。
誰にやめてもらおうか。松下のためには鬼にもなろう、蛇にもなる。目をつぶって解雇予定者リストを作った私である。その場で、こなごなに破り捨てた。こみあげる感動に、つき動かされる。世の中は、これやなかったらいかん。
(つづく)
by Kusanokenji | 2010-04-21 13:19 | ■連載“日々努力”