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第1072話・・・「はなれる」と「わかれる」

今日から4月。
昨日は年度末で「お別れ会」「送別会」が各地であっただろうと思う。
組織に属していないと必然的に「お別れ会」が遠のくこの頃。
まあこれもよしとしよう。
ところでまた「授業」という本のなかに出てくる話。三年生の教科書に
---おとうさんは新聞から目をはなしてちらりとまどの方をみました-------
という文章についての話がある。
それは文章の中の「はなして」の解釈についてである。
『「はなれる」のほうは、「親元をはなれて」とか「はなれ難い友が」とかと使うように
主になるものがあって、そこに心理的なつながりがある。
心はどこまでもつながり、ふるさとのようにくっついてくる。
「わかれる」のほうは「別れ話」とか「別れの挨拶」とかのように
今までひとつであったものが、二つになることをはっきり承知し、
心理的にも切れて、対等にへだっていくことである。
だから「はなれる」のほうは心があり
「わかれる」のほうは心がない。 
    』

こんなことが書いてあった。なるほどと思った。
小学3年生でこんなことを学ぶのかとも感心したが
さて、今頃の小学校ではどうであろうか?とも思った。

そして、巷で行われている送別会には、心はあったのだろうか・・・
学校では「送別会」とは言わずに「離任式」みたいに言うがこういう意味があったのかな。
送られるほうも、送るほうもどんな心境だったのだろうか・・・・
そういえば、送別会の挨拶のとき私語をする不届き者もおったなーと思い出す。
送るほうの心がこもることが大事であることは当たり前の話。
by kusanokenji | 2009-04-01 09:40 | ■連載“日々努力”