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by kusanokenji

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子供の不自然な体の使い方が多いのはご自身の甲子園の
テレビ中継の解説も一因となっていることに気がついた。
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「手首の返しが利いている」
「ひじが上がっている」
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瞬時に一言が求められるテレビ中継の解説では、
慣性の働きも含めて起きる一連の動作を
部分的にとらえて説明せざるを得ない。
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教本にあるコマ送りの解説写真やスリーモーションも同様だ。
肉眼で見えないはずの一瞬の動きが強調されてしまう。
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 「指導者が断片的な情報しか得られない中で、こうした言葉や写真が
練習に影響を与える。すると、本来は
無意識でされる動作が変に意識づけされてしまい、
間違った体の使い方が癖になってしまう。
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 県内を説いて回った。
「ゴロの捕球は、両手で、正面で、腰を低くして、を意識過ぎるな
「腰を回すことを強調する打撃指導はダメ」
合わせて、全身を合理的に動かすこと、選手が「いい感じ」をつかむことの
大切さを伝えた。
 社会人時代、30代の選手の力が伸びるのを目のあたりにした。
「野球少年の本当の評価が定まるのは、20歳を過ぎて大人の体になって
から。そこまでやれたらきっと何かが残る」と言う。
そういう意味では高校野球はまだ子供
甲子園に行ける、行けないではなく
選手がこの先にも野球を続けられるような指導がしたい」
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1月30日毎日新聞より抜粋・・・元全日本監督の佐竹正和さん(61歳)が
山形県の中学、高校の指導現場で気がついたことが紹介されていた。
バレーボールのテレビの解説者は大丈夫かな?

ようやく野球界もか・・・それに比べたらバレー界は・・・?
抱える問題点は同じである。
いい記事だった。ちなみに記者は藤倉聡子。いい記者だ。
ポイントがすべて簡潔に押さえられていた。
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by kusanokenji | 2009-01-30 10:47 | ■連載“日々努力”
人間には二つの要素がある
樹に例えれば
根と幹が
   本質的要素であり
枝葉や実や花が
   付属的要素である。


◇本質的要素とは・・・樹に例えれば、根とか幹のこと。
これがなければ木(樹)は成り立たぬ。
根っこと幹があるから枝葉が伸び、花が咲き、実がなる。
だから根・幹は木の本質的要素である。これなくしては樹にならないから。
◇付属的要素とは・・・同じく樹に例えれば枝葉であるとか、
花であるとか実であるとかいうものは、
いくら綺麗であっても幹や根っこがなければ存在しないもの。
花が咲き、実がなればありがたいし嬉しいことに違いないが、
別に花や実がなくても樹には変わりないのである。
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by kusanokenji | 2009-01-29 14:51 | ■連載“日々努力”
【一人前】

一人前の一年生!
一人前の三年生!

  
◇それぞれの立場に「一人前」があるということ。
中学生であれば分母が学年。分子が仕事・役割となる。

   1つ   2つ    3つ   
  ―― + ―― + ―― = 1(一人前)
   1年   2年    3年

三年生は3つの仕事ができて一人前の3年生であり、
一年生は1つの仕事ができて一人前の1年生。
それぞれの立場にはそれぞれの一人前があるということである。
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by kusanokenji | 2009-01-28 01:17 | ■連載“日々努力”
「中国の天才育成教育システムは天才を育て上げるて将来は国家の
知的財産として、できる子には早く上に進ませるという飛び級制度を実施
している。しかしながら「頭はよくてもバランスの悪い人間ができあがる」と
いうマイナス面が目立ってきていると指摘する有識者がいる。
試験を突破するための詰め込み主義の勉強ばかりしているために
人とのコミュニケーション能力に欠けたり、幼少の時からの過大な
期待を背負うストレスで精神的な崩壊に遭い、社会性欠乏人間に
育ってしまうという弊害が出てきているからである。
暗記を中心に猛烈に勉強して知識を詰め込んだ試験エリート育成
教育は学習能力は高いが創造性を養うことはない。
これから必要とされる人間は、与えられた課題を忠実にこなせる
エリート人間でなく、何もないところから何かを発明できる創造性の
高い人間ではないでしょうか・・・・
」とマンガの島耕作の弁。

たかがマンガ、されど漫画。
スポーツ界の人材育成方式とダブってしまった。
・猛烈に練習した選手のその後の人生は幸せなんだろうか。
・新しいことを自分で生み出す指導者に育っているんだろうか?
・昔教えられたことしか教えれない指導者になっていないか?
・叩かれたから叩いてしまうことしかできない指導者になっていないか?
・昔はこうだったんだ!と過去の価値観を押し付けていないんだろうか?

人が人を教えるってどういうことかを考えよう。
慣れが一番怖い。慣れること=停滞!
停滞している指導者にならないようにしたいものだ。
そのためには自戒が一番!
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by kusanokenji | 2009-01-27 10:01 | ■連載“日々努力”
指導の本質を知るためには

人間とはなんぞや!ということから学ぶべし。
なぜならスポーツも勉強も人間が人間を教えるからである。


 ◇動物をペットや家畜として飼うときは程度の差こそあれ
その動物について勉強するのが普通である。
しかしながらバレーボールの指導者を見たときに
バレーボールの技術の勉強はしても、教えている対象の子供たちのこと、
つまり人間そのものについて勉強しているとは到底思えない指導者が多い。
これでは我々が指導の本質として考えるところの
「将来にわたり成長していく人間の育成」とは
ほど遠いものになってしまうのである。
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by kusanokenji | 2009-01-26 14:44 | ■連載“日々努力”

in亀岡

【第563回】 in亀岡(京都府)
1月24日(土):亀岡中学校体育館 150名+35名
1月25日(日):   〃         150名+30名
365名参加★受講者累計 106、345名 
    受講生ブログはここ
<指導者の講義>自然体入門Ⅲより・・・・
試合において、指導者の思うとおりに選手が動かない時こそ指導者の力がわかる時なり。選手が思うとおりに動かないことを選手のせいにしたり、練習環境のせいにするような指導者になってはならぬ!それが我の実力なりと思って、指導力の向上に精進する者は将来が期待できる指導者である。 
  
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c0000970_13524319.jpgスパイクの基の説明
午前中は基礎理論を説明し、午後からはスパダンによる基本実技から応用練習へと展開。特に試合場面で選手の力を発揮せしめるポイントを強調!
<故障から子どもを救う>
経験からくる指導に疑問をもつことを強調。
人間が人間を指導するということは、教える側は教えられる側よりもちょっとだけ早くこの世に生まれてきただけの違いであること。そこには人間への尊重、相手への博愛の精神がないと信頼関係は成就しないだろう。この考えが自然体流の根本の発想、基本理念を生み出す根っこの部分である。したがって、教えるということは「指導者自らが納得すること」を教えるべきと考える。強いチームの監督の言うことや他の人の真似事でなく、あなたが納得するあなたの考えを大事にしてください、ということです。あなたが未来ある子どもを故障から守るのも指導者の大きな使命です・・・・そいうことを再認識してもらうことが目的でそんな話もしました。部活動であっても勝敗がはっきりするスポーツの世界では、ともすれば勝利させる指導者こそ最高の指導者なり、という考え方に陥りやすい風潮は否めない。しかしながら成長期にある子どものスポーツ指導において目先のことに我を忘れて、その根本理念を軽視しては本末転倒ではないか。指導者の品格、指導者の条件を無視してはスポーツ界の未来はない、ということです。
<ポイントは「心と体と脳の連動」>
恐怖、不安に反応する脳を休ませてやる気、快楽に反応する脳を刺激する声かけとドリルを繰り返し体験させることを2日間にわたってやってみた。例えば「床に飛び込む」という動作を教える時に、いきなりフライイングをやらせるのでなく「意識を外にもっていく」。ある固定点にボールを置き、這いつくばって手を伸ばした状態で、ボールとの距離を測る。最初は1mから出発し、出発点は任意でボールと指先の距離が1mの位置でピタッと止まる。選手は次第に遠いところからどんどん床に飛び込むようにしながら床を滑っていく。そしてその距離に一喜一憂する。やる気と快楽反応を刺激してドーパーミンを分泌させまくるのである。そういうことを繰り返す。そして20センチ、2ミリと距離を縮めていく・・・・・そいういうやり方である。ほぼ参加者全員が笑顔で床の上をあっという間に滑れるようになる。これが「全員が主役」のバレーボールである。
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by kusanokenji | 2009-01-26 13:50 | ■講習会リポート
指導の本質を知る者は

目の前にいる選手(人間)を「駒」とは考えない。
一人の人格を持った人間として、相手の魂に語りかけることのできる人間だ。


◇選手を駒として扱い試合に勝たせることが
指導の本質ではないと考える。
なぜならば、試合に勝った人間がその後の人生において
世のため人のためになる人生を歩むかと云えば
必ずしもそうではないからである。
指導を受けた大半の子供たちが、
それぞれに懐に響くものを残して巣立っていき、
やがてはそれぞれの関係する周囲にいい影響を及ぼすような
立派な大人に育ってくれることが
我々が求める指導の本質であると考えるものである。
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by kusanokenji | 2009-01-24 06:35 | ■連載“日々努力”
指導の本質とは

目の前にいる子供の20年先、30年先の成長した姿を
心の中に思い描きながら指導することである。


◇けっして目先の結果のために与えられた受け持ちの時間を
どう使うかということではない。
その人物の20年、30年先に
花を咲かせ実を結ばせる力のことを云う。
若いときの学業成績や素行、運動成績などで
人物を断定することはまことにもってお粗末極まりないことである。
人間、40歳頃から花を咲かせるくらいがちょうどいい。
40歳頃になると自分の先が見えてくるもの。
40歳で先行きの人生を悲観する方に回るか、
ここから地域や社会にいい影響を与えて貢献できる道を歩むか、
その差はでっかい!
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by kusanokenji | 2009-01-23 09:35 | ■連載“日々努力”
人間とはなんぞや

これがあるから
  人間であって
これを失えば 
  人間ではないもの

◇陽明学者の安岡正篤氏は次のように述べている。
「これがなくなったらもう人間が人間でなくなる、
人間が人間である以上はなければならないもの、
これがあることによって人間であり、
これを失えば人間でなくなるというものが人間の本質的要素であります。
それに対してあればあるほどよいけれども、
なくても別段差し支えないもの、これは付属的要素です・・・・」
とてもわかりやすい解説で無知なる我々でも素直に頷くことができる。
なるほど!
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by kusanokenji | 2009-01-22 20:48 | ■連載“日々努力”
「世論調査」っていうのがあるけど、例えば内閣支持率とか、
結構全体の考えを正確に表しているデーターとして定着しています。

今、ママさんバレーの本をつくるにあたり市場調査を行っているけど
これが結構おもしろい。やっぱりやって良かったという感想です。

どこのチームも強い弱い、チームのレベルは別にして必ず
「リーダーグループ」と「そうではないグループ」に大別される。
役に立つのは「そうではないグループ」の意見である。
受身の立場にいる人の意見は率直である。これがいい。
リーダーの立場にいる人の意見は大体予測どおりであるが
初心者から始めた人の意見は予測外が多く刺激的でインパクトがある。
「リーダの人が読む本」、「そうではない人が読む本」・・・・・
こんな分け方もおもしろそう。
そのためにもいろんな意見が欲しい。

昨今の会社事情・・・本社の顔色を伺いながら仕事しなければならないヒラメ軍団化が加速されているようであると聞く。仕事をわかちあう「ワークシェアリング」は素晴しいことだと思うが、一方このシステムは「誰でもできる仕事」でなければいけないわけで、個性は許されないことにもつながることも忘れてはいけない。これではますますメイドイン中国に負けるのは必至で、この先どうなるのだろうか。
翻って、昨今のママさんバレー事情・・・・どうなっているんだろうか、誰が調査して、そして「よくなる方向」へ舵取りしているんだろうか? そんな疑問も湧いてきた。ママさんバレー選手は一見ワーワー楽しんでいるようであるが、それぞれに結構悩みながらやっていることは段々わかってきた。しかしそれでも辞められない、なぜなら「生きがいだから」というのもそれなりにわかりかけてきた。結構、奥が深い。こんな時代だからこそ社会を明るくする原動力の一番手かも知れない。
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by kusanokenji | 2009-01-21 07:19 | ■連載“日々努力”