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by kusanokenji

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妻を看病している時の自分の日記から・・・

『同じ頑張りでも
ゴールの見える頑張りと
ゴールが見えないことへの頑張りはまったく違う!

ゴールの見えるものへの頑張りや努力は
どんなことでも叶うものである。
叶わないのは
努力が足りないか、
努力の方法が間違っているだけだ。

昔、バスに時限爆弾が仕掛けられて、時速○○km以下になったら
自動的に爆発する映画があったな。
そういう場面での頑張りもあるということだ。
諦めるな・・・・!

こういう体験を持つ人が
リ-ダーになると良い。』
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by kusanokenji | 2008-06-30 19:08 | ■連載“日々努力”
我々自然体研究会では会員相互間のML(メーリングリスト)をつくっているのですが
その中のメンバーであるN先生のお母さんが、先日、突然の事故で亡くなられました。
下記に紹介するのは、そのお通夜に参列した時浄土真宗の住職が、お通夜で詠まれた文章ですが、それをN先生がMLに投稿してくださいましたので、ここにも紹介したいと思います。
住職さんは「これは400年前の文章です。色あせるどころか、現代でも輝きを放っています。普遍の教えは永遠なのでしょうか・・・・」そんな話を
されながら浪々と詠みあげられました。感動すら覚えました。

本当にその通りで、
子供を指導される指導者は心して指導して欲しいと思いました。
相手を見下したり
思わせぶりな発言ばかりしたり
暴言、暴力・・・とんでもない話です。

 『人間の浮生(フショウ)なる相(浮き草のようにはかない姿)を、つらつら観ずるに、おおよそはかなくものは、この世の始中終(少年・壮年・老年、つまり一生)、まぼろしのごとくなる一期なり。
 されば、いまだ万歳(マンザイ)の人身をうけたりということをきかず、一生すぎやすいし。
 いまにいたりてたれか百年の形体(ギョウタイ)をたもつべきや。
我や先、人や先、今日とも知らず明日とも知らず、遅れ、先立つ人は、元のしずくすえの露(草木の根元に落ちるしずく)よりも繁しと言えリ。

 されば、朝には紅顔あって、夕には白骨となれる身なり。すでに無常の風きたりぬれば、すなわちふたつのまなこ、たちまちに閉じ、ひとつの息、長くたえぬれば、紅顔むなしく変じて、桃李(トウリ)のよそおい(ももやすもものように美しい姿)を失いぬるときは、六親眷属(ロクシンケンゾク・・・一族のこと)集まって、嘆き悲しめども、更にその甲斐あるべからず。
 さて、しもあるべき事ならねばとて(そうばかりもしておれないので)、 野外におくりて、夜半の煙となしはてぬれば、ただ白骨のみぞ残れり、哀れというもなかなかおろかなり。
 されば人間のはかなきことは、老少不定のさかいなれば、たれの人も、はやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏を深くたのみまいらせて、念仏申すべきものなり。あなかしこ、 あなかしこ!』

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by kusanokenji | 2008-06-27 18:50 | ■連載“日々努力”
今、中学生や高校生、そしてお父さん、お母さんに
部活を通じて教えたいことがあります。
それは「当たり前のことって何?」っていうことです。
その「当たり前なこと」は
試合で勝つことよりも
会社での出世よりも、
もっと大事なものです。

この当たり前のことに気がついて大事にできる人物は
きっと人間としてバランスのとれた器の大きい人間に
なれると、そう思います。

その「当たり前なこと」というのは

『家族みんなで一緒に家にいる時間は
人生の中では本の一瞬。
家族みんなでワイワイ言いながら一緒におれる時間は
特別な時間なんだよ。当たり前ではないんだよ!』

僕は、そんな当たり前のことに今頃気がついて苦しんでいます。
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by kusanokenji | 2008-06-24 22:32 | ■連載“日々努力”
「落日燃ゆ」「男子の本懐」で有名な作家の城山三郎の本を買って読んだ。
五十億の中でただ一人「おい」と呼べる妻へ―愛惜の回想記。
題名は「そうか、君はもういないのか」・・・・・。

亡くなった妻を想う気持ちがめんめんと綴られていた。

城山三郎没後、仕事場から娘さんが遺稿を見つけ出して
編集者に渡してできた本らしい。

最後に書かれていた娘さんの文は涙なしでは読めない本。
あ~、早く仕事への意欲を取り戻さねば。
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by kusanokenji | 2008-06-23 20:09 | ■連載“日々努力”

第891話・・・外へ

外へ出てきました。
家から自転車で10分のところの鶴見緑地というところです。
花の博覧会の跡地なので、立派な公園でした。
約一時間30分くらい歩いてみました。
平日なのに人の多さにビックリ。
男女の高齢者の歩く姿に見とれてしまい
「自分も頑張らねば・・・」と思いました。

バラ公園の上のほうから美声が聞えたので
足を止めて耳を澄ましてみたら、最初詩吟だと思っていたのが
なんと北島三郎の「俺らしく」という歌でした。
歌詞がグーッときたので、こんど覚えようかな・・・。

その近くにはミニ渓流があり、青森の「奥入瀬(おいらせ)渓流」
にそっくり。思い出してしまいました。

生活のリズムづくりのためにしばらく続けて見ようと思いました。
まず3日続かせよう!
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by kusanokenji | 2008-06-20 17:48 | ■連載“日々努力”
「大切な気持ち ずっと抱きしめていてください」

こんなメッセージを送ってくれた人がいた。
とても新鮮な響がした。
こういう言葉を頂くことに縁がなかったので余計にそう思えた。
ほのかな愛の香が届いた気分になった。
きっと優しい心の持ち主なんだろうと思った。

伴侶を亡くした寂しさは募るばかりで消えないけれども
伴侶が遺してくれた数々の優しさ(愛)はずっと
抱きしめていてもいいんだと思うことができた。
ありがとう!
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by kusanokenji | 2008-06-18 12:16 | ■連載“日々努力”
4ヶ月ぶりに遠出してきました。
と言っても自然体研究会のメンバーのお母さんのお通夜です。兵庫県の北部です。
妻が亡くなってまだ二週間というこんな時期になぜ参列したかというと
私が若いときに先輩から教わったのが次の二つでした。
「不幸は突然起こるもの。大切な知り合いであれば万難を排して地の果てまで行け!」
「酒を飲んだ次の日は絶対会社を休むな、地べたを張ってでも行け!」

浄土真宗でした。うちと一緒です。
びっくりしたのはお経を、お坊さんと参列者が合唱することでした。
素晴しいハーモニで、南無阿弥陀仏~♪がまるで音楽のようでした。
お寺の檀家のみなさんだと思うのですが田舎の地域の皆さんの信仰心の厚さに
敬服! それとお坊さんの法話も良かったです。
700年前の教え、400年前の詩が、現代の今でも色あせるどころか輝きを増して
いるではありませんか・・・こんな素晴しい普遍的な教えの一つひとつを日常生活のなかで
実践していくのが大切です。人が亡くなったという現実。この嘆き悲しみは消えるものでなく
永遠に背負っていくものです・・・そんな話でした。ジーンときました。

夜遅く、誰もいない家に帰りました。
寂しいものです。
しかし、「ただいま!」といつもより大きな声で帰りました。

すぐにパソコンに電源をいれて覗いたら三重県の講習会の時の
ケーブルテレビのカメラマンの方からお悔やみのメールが来ていました。
その内容にうるうるきてしまいました。ありがとうございました。
予期せぬ激励を受けて少しだけ元気が出てきました。
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by kusanokenji | 2008-06-16 00:02 | ■連載“日々努力”
沢山のお悔みと激励ありがとうございました。
まだ心も体も動けませんが、少しだけ元気になりました。

妻とは結婚して35年でした。
その間、ケンカは一度もありません。
いつも笑顔で「お帰り!」と言ってくれました。
その笑顔と温かい言葉にどれほど救われたか数知れません。
いつも笑顔でした。
一度の文句も不平不満も口にすることなく私を支えてくれました。
けっして表に出ようとせず、陰で支えてくれました。
僕には過ぎた女房でした。

お通夜の挨拶の冒頭で、思わず「悔しいです!」と泣いてしまいました。
それ以来、堤防が決壊したみたいに涙が溢れ出ていますが
泣きたいだけ泣け!とそれも自然に任せています。
これまで両親や兄を見送ってきましたが、伴侶との別れがこれほどまでに
辛いとは思いませんでした。悲しみの深さがまったく異質です。

「これから生きてゆくことを考えなくなくちゃ」と思いますが
まだそんな気になれません。今のところ、自然に任せようと思います。
今週の土曜日はもう三七日(みなのか)を迎えます。
いろいろ心配してくださる方へ簡単に近況だけ報告いたします。
ありがとうございました。まずはお礼まで・・・・。
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by kusanokenji | 2008-06-10 16:56 | ■連載“日々努力”

第887話・・・ご報告

妻清子が5月28日午前7:50分に永眠しました。
生前、多大なるご厚情を賜りました皆様に謹んでご報告させていただきます。
合掌
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by kusanokenji | 2008-06-02 19:04 | ■連載“日々努力”