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by kusanokenji

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バレー大好き人間を増やそう・・・を全国の人に呼びかけて10年。
本格的にバレー塾はじめて5年。
それなりにそれなりに・・・・ってとこですかね。
今日は、バレー大好き少女が飛び出すようなお便りを・・・。

『私は、滋賀で小学生チームの監督をさせていただいてます。
はっきり言って、あまり強いとは言えないチームです。
この間合宿をして、アンケートを取りました。
その中にあなたはバレーボールが好きですか?と言う質問を入れました。
みんなの回答は好き所ではありません、枠いっぱいに「大を」書いてあったり、
「大」を数え切れない位い書いたり、
こんな子供達と一緒にバレーボールをしてるんだ、と感動ものでした。
D2ダンスもやってます。1番は中学校の娘におそわりました。
解説書10冊お願いします。』

どうですか、みなさん。素晴しいですね。みんなが
「♪もしもしかめよ」と踊る姿をイメージするだけで幸せが届きます。
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by kusanokenji | 2007-07-31 13:21 | ■連載“日々努力”
見ず知らずの人間に突然いいがかりをつけられることを「因縁(いんねん)をつけられた」といいます。たいていの人がそういう経験をしたことが一度や二度あるものです。訳もわからんのに突然監督が怒りだし、髪を引っ張りながら選手をボコボコにしている姿に似ていませんか?
最近、選手のなかでの「いじめ」や、「指導者の暴言」で悩んでいる子供、保護者がたくさんいらっしゃいます。そういう人たちを何とか救ってあげたいんですが・・・。

因縁(いんねん)」についてもう少し詳しく調べてみました。
『その家系にある大昔からの先祖の行いや犯した罪や、その生き様が、現在生きている人たちの苦しみの元になっていることを因縁という。また先祖の代で苦しめた相手からも因縁をもらっていること。また、自分達もこれから先の代の子供や孫に悪い影響を与える因縁をつくる要素をもってること。』

おおまかに言えばこういうことらしいです。
そしてこの因縁はどこかで誰かが切ってあげないと永遠に繰り返すそうです。
これを「因縁(いんねん)切り」と言うそうですがなかなか難しいことで、ただの形だけの供養だけでは因縁を消すことはできないそうです。因縁の元となっている一人一人の心を癒してあげて納得してもらって成仏してもらわないといけないとある人に教えてもらいました。

チーム内で起きている「いじめ」の問題や、理不尽な指導もこの「因縁」と関係あるように思えました。
どちらも「苦しみの元・不幸の元」だからです。
なぜ、バレー大好きな子供や保護者を不幸に陥れるようなことをするのですか。そういう人がいれば
「あんた、そんなに人を苦しませたら後で天罰がくだるよ!」と言ってあげましょう。
みつからなければいい、と嘘ぶいている人には「天網恢恢祖にシテ漏らさず!」と言ってあげましよう。病気になったり、仕事がうまく行かなかったり、不幸が続くのも何かの因縁が原因の場合もあります。これは自分のせいではなく、ご先祖の誰かの「因縁」のせいでもありますが、これと同じく、今仲間や部下を苦しませているってことは、これが自分の子供や孫達に因縁つくってるのと同じことなのです。我が子孫に返ってくるということです。天に向かってツバを吐くと自分の顔にかかるのと同じことをやっていると気づかせることです。と、考えると、いじめや理不尽な指導者をなくす方法としてこの因縁のことを理解してもらうことも大きな手段であると思った次第です。そう考えるとお寺で合宿して座禅したり、お坊さんの説法を聞いたりするのもとても大事なことだと思います。そういう意味では「動きの基(もと)」で紹介する「わくわく体操」の「座禅ストレッチ」や「座禅ダンス」など、思わぬ効果が出てくるかもしれません。こんなことをやっていると「もっとバレーを教えろ!そんなことして何になる!」と文句を言う人は問題外。目先のことしか考えれない指導者、己の乏しい経験の枠を超えれない小心な指導者、我が子しか見えない保護者、こういう人たちほど「気づき」をしてもらわないといけません。きっとできるはずです。何故ならみんなバレーが好き、子供が可愛いと思うからです。
大切なことは自分が因縁をつくらない人生を歩むことです。
そういうことを親は子に伝え、指導者は選手に指導していけるようにしたいものですね。

目先のことだけでなく、未来を見据えて今を送りたいものです。
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by kusanokenji | 2007-07-30 06:44 | ■連載“日々努力”

第717話・・・墓参りーⅡ

全てがバレー優先だった自分に忸怩(じくじ)たる思いの九州の旅でした。
ちょっと、人間としての余裕も必要ですね。
偉そうなことを言ってるのに、肝心なことが手薄でした。
よく考えてみたら
全国を狙う部活動はほとんどそうなんですね。
年間に休日は2~3日だけ。
ぼくも盆、正月は合宿でした。当たり前でした。
で、周囲から「そこまでやるの?、監督も家庭を犠牲にして大変ね」と云われて
ある意味の、他と違ってることをやってるという優越感もありました。
本当に考えてみたらつまらないですね。アホでした。

何が?

・「ご先祖様を敬う心」はいつ、どこで育つのでしょうか?
・子供が「ご先祖様を敬わないようになる」とどうなるのでしょうか?
ここなんです。
ご先祖さまを敬う心が育つ権利を、選手から奪っていたのではないかと
思ったのです。選手達にすまなかったと思いました。

こんなことを真剣に考えた2日間でした。
こういうのって、小さい頃の体験で育つのですよね。
親がご先祖様に手を合わせる後姿を見て育つのですよね。
親が墓を大事に手入れして守ってる姿を見て子供は育つのですよね。
そういうふうにして子供を育てた親は、今度は自分が子供からそうしてもらえる。
ご先祖を大事にしない親から育ててもらった子供はどうなるんでしょうか。
法事? 墓参り! アホか! 今大事なのはどっちや!と怒鳴る監督に
育てられた選手はその後どんな人生を歩んでいくのでしょうね。
だって、その後の人生、監督は何も責任もたないし、もてないからね。
本当につまらんですね。そういう人に振り回されたら・・・。
いまだけよければいいってもんじゃないですよね。
子供には全員未来が待っているんですからね。

ご先祖様を大事にするってことは
その家族は、ず~っとご先祖様を大事にするんですね。それが解りました。
自分がご先祖を大事にするから結局自分も大事にしてもらえる。
輪廻(りんね)ですよね。すばらしいと思いました。
自分だけでもない、人のためだけでもない、人類ですよね。

沖縄の家族は素晴しいですね。みんながおじい、おばあを大事にする。
なにがあっても一族が駆けつける。家族の絆が凄いんですね。
そういう姿を目の前に何回もみてきました。
もうそんなこと考えたら、
ただバレーに情熱かけて年中バレーばかりの生活は誉められたものではありませんね。
これこそ「バレーバカ」ですね。

故郷で私たちのご先祖を手厚く守っている弟夫婦に心から感謝した次第です。
田舎はすごいです、故郷は素晴しいです。大事なものを淡々と大事にしている。
日常生活そのものがご先祖様と一緒。自然なんです。特別ではないんです。
そういう家族にはそれ相応の繁栄と幸福がくるのですね。
指導者についての講義の中で、「本質とは・・・」という話が多いのですが
ああ、こういうことなんだなと実感しました。

弟夫婦には改めてこういう気づきを与えてくれてありがとう、と言いました。
こういう伝統が残ってるところに生まれてきたことを誇りに思えました。
それと同時に、ああ、自分は本当に未熟者だと思いました。
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by kusanokenji | 2007-07-28 12:13 | ■連載“日々努力”

第716話・・・墓参り

7月26,27日、実家の墓参りに九州熊本に行って来ました。
それも
通常お参りしている本家の墓は一番最後の日にして
初日はご無礼していた父方、母方のご先祖の墓を、
いろいろ探し求めてお参りしてきました。
ご先祖様なのに長い間のご無礼をお詫びしながら
お経あげて、清めてお払いをしていただきました。

そこで思ったこと、

「人間として大事なことに、自分の無知なるがゆえに
 随分いままでの選手にすまないことをしたもんだと猛省しました。」


それは、
葬式は別問題として、法事や墓参りよりもバレーを優先していたことに
対する懺悔の心です。

法事ごときで何で練習を休むのか!
暗黙の規則で、そういうことを言い出させない雰囲気を確立していたのです。
指導者が気をつけなければいけないことは、選手が言ってこないのではなく、
言わせないようにしているということです。

法事や墓参りは、バレーよりもはるかに優先させるべきことだったんだと
今頃気づきました。
今、監督をされているみなさん、お盆や墓参りの日は
きちんと練習休まれたほうがいいと思いますよ。
僕が監督の時、こんなことを教えてくれる人がいませんでした。
知らなかった自分も恥ずかしい限りです。

お墓を守る人がいなくなるということは一族が滅びるということ。
お墓を守る人がいるということは一族が栄えるということ。永遠に続くということ。
お墓を粗末にしているということはご先祖様をはじめとして御霊が成仏できないということ。
手を合わせる(合掌)習慣が少ないということが原因で様々な問題が起きているということ。
そして、それを教えてくれる人が少ないし、教えてもらえる場を奪っているということ。

今、ここに生きているのは
ご先祖様のお陰。それより他になし!
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by kusanokenji | 2007-07-27 21:21 | ■連載“日々努力”
テレビで津川雅彦の対談があった。その中で
「僕は酒も飲めないし、体を動かして遊ぶことも苦手だけど
みんなが喜ぶ輪の中にいるのが好きで、だからいつもワイワイやっています」
そんなことを言っていた。
「例えば、徳島の阿波踊りには個人で20人ばかりの「連」を作って
3泊で乗り込む。衣装も交通費も宿泊費も自分持ちだが、それでも
みんなと一緒にいて、みんなが喜ぶ姿をみるだけで満足!」

これはお金のある人の話かも知れないが、そうだとばかりは言えない。

「人の喜ぶ姿を見るのが好き」というだけで動いている人は他にもいるのだ。
周囲を見渡してもそういう人が結構いる。
そういう人の共通点は
・フットワークが軽快(こまめ)
・明るい話題が多い(ジメジメ、グチグチしない)
・笑顔が自然(泣き顔、暗い顔ではない)

これだけでも、周囲の人をなごませるし、警戒心を与えない。
そういう輪の中に積極的に入っていく人生を歩もう!
1回きりの人生だから。
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by kusanokenji | 2007-07-25 09:39 | ■連載“日々努力”
自然体研究会の存在は以前に紹介しました。
そのなかにメンバー間の情報交換ML(メーリングリスト)があるのですが
今朝は滋賀県の中学校の先生からでした。
『決勝戦前の休憩時間に、滋賀県立体育館のフロア中央で子どもたち数人が、D2
ダンスを自主的にはじめました。そのうちチーム29名全員が円型をつくり「もしもしカメよ~」。
会場全員にD2ダンスが注目され、自然体バレームード炸裂でした。他校の選手
の多くから質問されましたし、何人かに教えてきました。』

大きな体育館です。その中央でD2ダンスですから、他の人はきっと???でしょうね。
試合前の緊張を解くのに良かったのではないかと思います。
それよりも

『いつもMLをはじめとして勉強させていただいています。
昨日、滋賀県大津市の夏季ブロック大会が終わりましたので報告させていただき
ます。結果は、準優勝でした。
子どもも保護者も納得した顔で終われた大会でした。
私は、結果よりも子どもたちの楽しそうにプレーをする姿や大会終了後の笑顔に
感動して思わず目頭が熱くなりました。
子どもたちには、バレていないと思いま
すが…  いやバレてますね。きっと (^_^;) 
自然体バレーと出会って1年、「破壊と創造」からはじめ、「主役は子ども」に
徹しています。ベンチで熱くなりすぎることもないですし、勉強の成果が出てきたんだなと思い
ます。27日から県大会があります。いつも通りに練習をして大会に臨みたいと思います。
県大会も笑顔でGO!でいきます。また報告させていただきます。』

各地で活躍されている先生方の報告をとてもうれしく思います。
確かに「指導者はチームを勝たせることが仕事」と言う人もいますが
親の立場、選手の立場、クラスの他の子供の立場、学校の立場から見たとき
学校部活動の存在は勝利を超えた大事なものがそこにあるはずです。
しかし、「勝利を超えた大事なものが」逆さまになって
「大事なものを超えた勝利至上主義」になったとき問題は起きるのです。

学校部活動として大事なものを求めて日々努力されている指導者にカンパ~イです!
そして大事なものの延長戦上の勝利であればバンザ~イですね!
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by kusanokenji | 2007-07-24 08:36 | ■連載“日々努力”

in鈴鹿

第496回<自然体バレー塾ーIn鈴鹿>
7月21日(土):防災センター、白鳥中学校:指導者50名、小学生50名
7月22日(日):石薬師高校:指導者・ママさん100名、小学生100名
★受講者累計 87,085名 
<暑い!熱い!温か~い!in鈴鹿>お疲れ様! 関連1 
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<みなさん凄いよ>・・・ママさんもいいね!バレーに純粋だ。どっかの○業○選手くずれみたいな天狗がいない。品もそれなりにある。可愛いよ。必死だもんね。指導者も雰囲気につられたのかいつもより自分の実技に参加していました。c0000970_10384781.jpg
 今回はまったくの手作りの企画でした。協会とか県とかの組織ではなく、バレー大好きな個人の仲間でこれだけの盛りあがりを見せたのも素晴しい。2日間で300余名。大人と子供がちょうど半分半分。それでいて違和感がないのだ。それどころか一体感がある。体育館全体の一体感は何なのだ。答えは、雰囲気をぶち壊す荒れた監督の出番がないから・・・・。笑顔に包まれた空間。幸せなバレーライフ。子供の笑顔に感動を覚える大人たち。大人の純粋さと子どもの天真爛漫のコラボレ。大人と子供が一緒というのがよかった。これから企画される人は参考にしてください。参加者の意見を聞かれたらいかがでしょうか。こんなバレーもあるんだと思われたことでしょう。子供の素晴しさは毎回のお馴染みであるけれども、今回は大人も負けていませんでした。ママさんたちがいいよ!立派!立派!みなさん、最初から最後まで手抜きなし、ふれくされなし、評論家なし、壁の花なし・・・全員参加型。そしてこどもと一緒に遊んだり笑ったり・・・ただ、一人一人丁寧にアドバイスできないのが申しわけなく思っています。もっとしてあげたいけど、ちょと200人じゃ無理でした。しかし、質問を沢山受けました。それもいいね。もっと時間があればね。せっかく質問もらったのにじっくり答えられる時間が作れずゴメンなさい、って感じです。
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<D2ダンス>・・・一日目の帰りに小学生に宿題をだしました。明日までに覚えてくるように!・・・・2日目、朝会場につくと、小学生たちが「音楽かけて~!」と要請。「宿題やってきたからね」と踊り出しました。「楽しい」と異口同音。やっぱりいいんだろうね。D2ダンスは。「子供からDVD勝ってと言われているんですよ、最後まで覚えたいから」と指導者の声。指導者達は演歌のリズムで頑張っていました。パパさん、ママさんも可愛いいものです。D2ダンスはチームの平和、家庭の平和に大きく寄与できそう。あるママさん曰く、D2ダンスとわくわく体操はビリーよりいい、今日からビリー卒業だ!と。c0000970_1074946.jpg
<講義>・・・勉強もしっかりやりましたよ。3時間みっちり。10回以上参加されてる方も何名かいました。新潟からの参加や愛知や市外からの参加者も多くいました。講義は相変わらず「脱線」ばかり。でも、この脱線のときがみなさん目がパッチリ!のような気がするんだけど・・・。
<充実感>講習会の内容が良かったのか悪かったのかは、帰りの体育館の出口のところの表情に全部表れますね。最高でした。
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by kusanokenji | 2007-07-23 09:50 | ■講習会リポート
『自然体バレー塾in鈴鹿、2日間ありがとうございました。
子どもたちの楽しそうな顔。笑顔、笑顔、笑顔でした。
チームの練習が、あの笑顔であふれれば、きっと幸せなバレーになるんだろうなと思います。
夜の講習会(?)もありがとうございます。
塾長のあたたかい心、そして少し、いいかげんそうなところ(すみません)を
ブログや本じゃなくて、直接、肌で感じられて最高でした。』

早速お礼のメールをいただき、おもわず「ニンマリ(^^)」しました。
熱弁は時に傲慢の裏返し。
人の話しは聞かず、
結果は「押し付け屋」と大して変わらないんですもんね。

『2次会の席で塾長の言われた「バレーに命をかけたらあかん。バレー大好きでえーんや」
心に刻みます・・・・・』

そうや、そうや!
「いい加減」というのは「適当」と違う!
これだけわかれば90%理解Okということです。
いつもお手本にしていたのは
若い頃よく見ていた「ロードショー」の洋画!
絶体絶命の場面での「ユーモアー」のセリフにカルチャーショックを受けていたからです。
「一番苦しい時笑顔でいよう」「苦しいときほど冗談が言えるようになりたい」

情熱、熱意、真剣、一生懸命、集中、お前のため、チームのため・・・・
これらは結局「悲壮感」の裏返し。
これも過ぎると選手も周囲も息が詰るのです。
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by kusanokenji | 2007-07-23 08:52 | ■連載“日々努力”
安岡正篤曰く・・・人間学のすすめから引用・・・
これもおもしろい!

『もっと平たくいいますと、たとえばつまらん人間でも、財産、地位ができたというと、
すぐ調子に乗って自分は偉いと思うものでありますが、
こんなものはけして偉くも無ければ、価値のあることでもない。

むしろ、世の中には、地位や金をつくるためにあられもない汚いことや、
ずるいことをやる者が多いのでございまして、だから昔から「金持ちと
灰皿はたまるほど汚い」などと言うのであります。

地位などもそうで、つまらぬ競争をしたり、人を押しのけたり、陥れたり
いろいろなことをして出世する場合が多い。したがって地位だとか、
財産だとかいうようなものは案外どんなもんかはわかりません。』

続き
『勿論ずるいことやったり、人を押しのけたりして、地位や財産を作るのも
人間の能力、知能の1つであります。
それを使っていろいろのことができる。できるけれども、そんなことができても
これは人間として少しも偉いことではない。社会的には偉いかもしれないが
人間としてはむしろ恥ずべきことであります。
何を為すか!何をしたいかということと、彼はどういう人間か、いかにあるか、
ということとは別である。
人間は、つまらぬ者や、ピントの外れたものから、誉められたり、上げられたり
しても、少しも嬉しくない。むしろ迷惑です。
世間には苦笑いするような誉め方をする人がよくありますが、かえって嫌なものです。
大事なことは「にんげんはどういう人間であるか」ということであります。』

ということで、
僕のストレス解消法は「安岡正篤」の本を読むことです。
本当に心がスッキリしますよ。30年ちかくなります。
ただ、読む本によっては難しいので注意してください。
この本は昭和62年ですから比較的新しい本です。
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by kusanokenji | 2007-07-20 13:59 | ■連載“日々努力”
安岡正篤曰く・・・人間学のすすめから引用・・・
『面白いのは渋井大室の教育観で、教育は菊作りでなく、菜っ葉作りと同じだと思う。菊作りというものは自分の好みに合うように丹精して特殊な花を咲かせて、自分の気に入らんものはみな捨ててしまう。菜っ葉大根を作る者は、これに反してどんなものでもいい、うまく食えさえすればいいんで、これはきわめて万人に向く有用な食材である。教育は菊作りのような、特殊な人間を作るんじゃなくて、どんな人間でも、いい人間になるように仕上げることだということを言ってる。教育とか政治とかは菊作りではない。大根作りと同じだということである。大小あるいは上出来もヘボも、大小不揃い、さようなことはどうでもいい。何でもうまく作ってこれを食用に供する、そういうことが教育であり政治である。したがって非常に公平、寛大であり、今日で言うと社会的、民衆的、あるいは自由であります。』

スポーツの指導者にもそのまま当てはまりますね。

自分の好みに合うように丹精込めて特殊な花を咲かす・・・これが一芸教育?
気に入らないもんは捨ててしまう・・・・・・選手をコマのように扱う?
大小不揃い、上出来もヘボもいい・・・・・いいね!最高だ!
どんな人間でもいい人間に仕上げるんだ・・・いいね!こんな指導者の給料を上げろ!

★一隅を照らす指導者★の講義でも使ってます。
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by kusanokenji | 2007-07-19 16:34 | ■連載“日々努力”