★★★★★


by kusanokenji
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

第2688話・・・元監督・元教頭の視点(73)

バレーをやめたら何が残るか?


目を吊り上げて、「バレーに全身全霊」「バレーに命を懸けている」という言葉を周囲によく発していた時のことです。こんな時代にチーム内の問題で練習を一ヶ月間休んだことがありました。30代後半の頃です。しかし、当時、仕事以外のすべての時間を傾けていた自分は、バレーがなくなると、やることがなくなり、何だか心にぽっかりと穴があいたような状態になりました。

 休日なんかも、何をしていいいのかわからなくなり、昼寝をしてゴロゴロ過ごすようになり、次第に自堕落な生活へと陥っていきました。そして、仕事にも身が入らなくなりました。

 そんな時、妻に言われました。「このままだといつかバレーがなくなったときに寂しい人生になってしまうよ」と・・・。思わずはっとしました。当時は、バレーに自分のすべてを懸けないと強くはできないと思っていました。けど、もし、そのバレーができなくなったら・・・。自分の人生はどうなるのか? バレーに、または勝つことに依存しすぎているこの生き方の弊害に目を向け始めたときに、自然体バレーに出会いました。


 当時の草野先生のブログには、「バレーに命を懸けたらあかん。バレーが好き、このぐらいがいいんや」「家族があって仕事があってバレーがある」、この言葉にグサリと心をえぐられました。


 当時の私の目指すべき姿は、「定年まで監督として常勝チームをつくること」でした。結果も伴ってきた時期でした。「自分なら40代、50代になっても、あちこちの学校から来てくれ」という声がかかるだろうと、勝手に自惚れていました。


 しかし、私は草野先生から「バレーという肩書がなくなった自分を想像してみろ」というメッセージをいただきました。強烈なメッセージでした。そして、バレーの監督という肩書き、というか勝手にその肩書きを創り出そうとしている自分の愚かさに気づかされました。


 それからバレー以外のことも視野に入れて人生を変えていきました。バレー命という考え方から、大切なものの一つがバレーという考え方にしていきました。一生つきあうのは自分であり、家族なんだ。そして、教師という職業。バレーにすべてを懸ける生き方は矛盾している・・・・・。


 バレーさえ強くできればいいと思っていた教師生活も、学校全体の中でどのように自分の力を発揮できるか、または同僚性を高めて組織として機能する学校づくりのために自分の力量を高めなければいけないことにも気づかされました。つまり、自分ひとりさえよければいいという考え方ではなく、学校全体のことを考えて仕事をするようになり、それがバレー指導の後半に生かされてきました。


 バレーがなくなったときの自分に何が残るか? そんなことを時々考えながら指導することも必要な視点だと思います。







[PR]
by kusanokenji | 2017-01-27 13:22 | ■連載“日々努力”