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by kusanokenji
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第2573話・・・賞罰教育の弊害

ある若手教師の奮闘(成長)記です。
頑張っています。


アドラー心理学を通して学ぶ「褒める」ことの弊害。

私の人生そのものだなと感じています。
あまり、自分のことを書くべきではないのかもしれませんが、実体験を皆さんにお伝えすることで、読んでいただいた方の目の前にいる子供達に少しでもプラスになることを願いながら書かせていただきます。もしよければお付き合いください。

中学校の時、ある人に「褒められたい」一心で全てのことを頑張ってきました。特にバレーボールには全力を注ぎ、それなりの結果も出しました。中学1年から2年の秋ぐらいまでは、毎日のように怒られていましたが2年の冬頃から褒められることが多くなってきました。
先生がどんなことをしたら喜ぶのかが分かるようになり、どうしたら喜ばせることができるのかばかり考えていました。
 
 高校に入ると、中学校のような褒められ方をしなくなっていきました。
逆に自分よりも下だと見下している友達が先生から褒められる姿を見て、
「なんで先生はあいつを褒めているんだ?」とイライラすることが多くなりました。
 
 次第に人への当たりがきつくなり、言葉を選ばずあえて傷つくような言動や態度をとるようになっていきました。少しずつ周りが自分から離れていくのを感じながらも、自分のせいではなく、周りの考え方が未熟なんだと思い、自分から距離をとるようにもなってきました。
 相変わらず褒めてくれない先生はつまらない人、分かってくれない人だと思い、恨みに近い感情まで沸き起こるようになってきました。

 大学に入り、自分を褒めてくれる人が現れました。私は再び褒められるために頑張り始めました。頑張れば頑張るほど褒めてくれる人が多くなり、「自分がどうしたいか」ではなく「どうしたら周りの人は褒めてくれるのか」だけを考えるようになっていきました。高校で否定され続けた反動もあったのか、より褒められたい気持ちが加速したように感じます。
 大学時代に「自然体」と出会い、中学校時代に学んだ「バレーボールを通して人を育てる」指導方法に感銘しました。大阪で仕事をし始めてからすぐに草野先生と出会い、やはりこれだと勉強し続けたいと魅力を感じました。私が褒められたい対象は草野先生に変わっていったのです。

あれから8年が経とうとしています。
現在、草野先生に褒められるために頑張っているの?
と聞かれたら、「いいえ」と答える自分がいます。
恐らく『自分の意思』が芽生え、
自分がどうしたいのか、自分で選択するようになってきたからだと思っています。

中学時代にコントロールされ続けたその後、相手を気にするあまり失敗を恐れる人になっていきました。自分ではそんなつもりはなくても、周りから何度も「失敗を恐れるな」と言われ続けてきました。何度も気づくチャンスがあったのにアンテナが低すぎて私には届いてきませんでした。今となってはとても悔しいです。


褒めることの弊害。納得です!








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by kusanokenji | 2016-01-19 23:37 | ■連載“日々努力”