第2560話・・・元監督・現教頭の視点(21)
2016年 01月 04日
【高校指導者のみなさんへ考えて欲しいこと】
明けましておめでとうございます。今年も自分が自然体バレーから学んだこと、また、指導の現場から離れて見て思うこと、今の学校現場の抱える課題等、幅広い話題を提供して一緒に考えていければと思っております。私も発信することで、過去・今の自分と見つめなおすことができます。皆さんと一緒に成長していければと思っています。よろしくお願いします。
さて、年が明けるとすぐに春高バレーが開催されます。子どもたちもこの大会が始まるとテレビにくぎ付けになって見ている憧れの大会です。自分もあのような光り輝くコートに立ってみたいと小学生たちは夢を持つことができます。
私も現役時代は、子どもたちと一緒にテレビ観戦したものです。しかし、私がかつて感じていたことは、「間違った情報の入力」というテレビの演出の仕方でした。
今はあまり見かけなくなりましたが、春高の直前になるとスペシャル番組みたいな特番が放送されることがありました。もちろん、テレビですから話題性、演出を重要視することはわかります。しかし、度を超えた暴言や理不尽なしごきは何度も目にしました。私が覚えているのは上級生が「どうすんだよ」「やれよ。てめー」とぴっくりするぐらいの言葉遣いをして仲間の体を、どついているシーンです。監督は、その姿を黙って見ています。普通の高校の部活で大勢の前で仲間同士「てめえ」という言葉を使う部活があるでしょうか?おそらく、ほとんどないですよね。
小学生は間違った情報を選択する力が未発達な発達段階にいます。ですから、こういった行き過ぎた情報については、指導者がしっかりと修正したり、解説したりする必要があります。
しかし、バレー界には、
「俺の厳しい指導に耐えたら、どこに行っても通用する」
というフレーズが美化されている世界です。このフレーズも修正する必要があります。
という私もかつては、上のフレーズを言うことに酔っている時代がありました。そういうときは、
「俺の指導が絶対だ。俺の指導は間違っていない。俺についてこれない人間はどこに行っても通用しない」
こんなうぬぼれと勘違いが根底にありました。
ブログで草野先生が発信しているように、絶対に口にしてはいけない言葉です。こんな言葉を発しているときは、間違いなく、崩壊・破滅する道を歩んでいる時です。
さて、今回、私が一番お願いしたいのは、高校生の指導者の皆さんです。
「高校生の指導者と選手の皆さんの立ち振る舞いが地域のバレーの子どもたちの底辺拡大の鍵を握っている」ということです。
小学生指導者が集まると、自分の地域の高校生との付き合い方が話題になります。頻繁に交流している学校、反対に言ったら嫌な思いをしてきたという話も・・・。
・監督がイスにふんぞり返って、適当にやってやれという雰囲気
丸出し
・ゲームをしたが、高校生の選手たちはレクをやっている感じで真
剣に相手をしない
また
・コートにパイプイスを投げていた
・マイクを使って、選手を罵倒していた
・情けないプレーをしたら監督が帰ってしまったという話も耳にしました。
反対に
・定期的に小学生対象のバレー教室を開催してくれる
・強い弱いに限らず、いつ行ってもていねいに見本となるプレーで
教えてくれる
・監督自ら「ジュニアの指導者はすごい。ゼロからのスタートで選
手を育てている。我々高校の指導者は、ジュニアの指導者が
あってこそバレー指導ができている」と感謝の思いで迎えてくれる
その地区によって、高校生の指導者の立ち位置が違うのです。
そして、残念な結果、地域の優秀な人材が都会の強豪校に行っ
てしまうのです。
■地元の小学生たちが地元の高校を大切にする意識
■自分の生まれた地域に誇りをもつ意識
こんな意識を育てないと、これから高校の部活は、都会の私立強豪校しか勝てない時代になります。というか、もう、そういった勢力図になってきています。この図式を変えない限り、バレー人口の底辺拡大はあり得ないと思います。
これからのバレー界、地方が元気にならなくて、バレー界全体が栄えることは絶対にないと思います。
高校の指導者の皆さん、地域全体のことを考えた幅広い視点でバレー指導をしていただけたらと思います。
また、これから始まる春高バレーに出場されるチームの監督さんと選手の皆さん。小学生が皆さんの立ち振る舞いと品格を見ていることを忘れないでください。それは、テレビだけでなく、地元に帰った時の皆さんの姿もということです。
今のバレー界は体罰指導者だけを排除すればいいと問題ではありません。ピラミッド型の底辺全体を考えた視点が求められていると思います。